2013年4月4日

3月31日(日曜日)〜4月7日(日曜日)まで、播磨の国総社で、「三ツ山大祭」が行われました。
過去形でしか紹介できませんが、20年に一度の大祭をご覧ください。

大祭のシンボルは名の通り、播磨国総社の神門前に設けられる高さ約18メートル、直径約10メートルの三基の「置き山」。
東から、青と白の布を巻いた「二色山」、青・黄・赤・白・紫色の「五色山」、色とりどりの着物を貼り付けた「小袖山」です。



4月5日 ワンコ2号も参加した記念写真を一枚貼ります。



パンフから会場を紹介しますと、番号@からIまでに「造り物」があります。
「造り物」は近年廃れていましたが今回、地元の高校生や住民らの手で60年振りに復活しました。

「造り物」の簡単な説明をします。

1番  お菊井戸

   姫路城主に忠義を尽くす恋人に頼まれ
悪家老:青山鉄山に仕えたお菊。
家宝の皿を失くしたと無実の罪で井戸に沈められる。

亡霊はお菊虫(ジャコウアゲハの幼虫)に
なったという。


2番       宮本武蔵の妖怪退治             

  天守閣に毎晩怪しい灯りが見えると聞き、
天守番を引き受けた武蔵。
互層目で出会った「おさかべ明神」を名乗る美女は
黒狐の妖怪に変身。
武蔵は死闘の末に妖怪を退治した。 

3番  お夏・清十郎の恋

   

              姫路:但馬屋の娘お夏が恋した相手は、室津出身の手代・清十郎。
尾上の花見の席で、二人は初の逢瀬を楽しんだ。
野里:慶雲寺の比翼塚は悲恋に終わった二人の墓とされている。

4番  安倍清明・蘆屋道満の術比べ

  阿部清明 と並び称された陰陽師:蘆屋道満。
宮中で箱の中身を当てる術比べを行ったが
大ミカンをネズミに変えた清明に負ける。

後に、関白藤原道長を呪詛して
故郷の播磨の国に流されたという。

5番  相撲の祖・野見の宿禰

 

              垂仁天皇の命により、大和の国の当麻蕨速と相撲を取った出雲の国の野身の宿禰。
宿禰は見事に当麻蕨速を打ち破り、朝廷に仕えて埴輪の祖ともなった。龍野で亡くなったと伝えられる。

6番  弁慶、書写山円教寺

   

              乱暴が過ぎて、比叡山を追い出された武蔵坊弁慶。書写山円教寺で修行していたが、
寝入った弁慶の顔に寺僧が落書きして争いとなり、松明の火から一山が焼亡
したという。

7番  秀吉・官兵衛の中国大返し

   

              備中高松で本能寺の変を知った秀吉は、軍師黒田官兵衛の進言で「大返し」を決断。
中国路を駈けて姫路城で英気を養い、さらに東へ進軍。
山崎の戦いで明智光秀を打ち破った。

8番  法道仙人飛鉢の秘法

 

              一乗寺の開祖は、天竺生まれの法道仙人。法力で法華山から播磨灘へ鉢を飛ばし、行き交う船にお布施を請うた。
船頭が布施を断ると、米俵が鉢に従い仙人の元へ
飛び去ったとか・・・。

9番  池田輝政の白鷺城築城

  関ヶ原の戦いの後、姫路へ入った「西国将軍」池田輝政。
新たな城と三重の堀に囲まれた城下町の建設を始め
慶長14年、ついに城下町を見下ろす
姫路城の大天守が完成した。 

              10番 性空上人、室津で普賢菩薩を見る

 

              書写山円教寺の開山、「播磨の聖」性空上人。夢のお告げにより室津で遊女の長に会うと、
その遊女は上人が拝したいと願った普賢菩薩に姿を変え、白い象に乗っ
て昇天したという。



由緒あるお祭りとして盛大に、かつ厳かに行われた大祭ではありましたが
一般には「お祭りとしてのお祭り」としか理解されなかったのではないでしょうか。
かく云う私もそのうちの一人です・・・・(笑)



最後に、コーラスで出演した写真を紹介して終わります。

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