2012年7月19日 新聞記事からあるユニークな生き方(会社経営法)を紹介します。

タイトルは「達人の作法」です。

紹介されているのは お菓子一筋半世紀 神吉武司(かみよしたけし)さん、71歳です。

夜がまだ明け切らぬ午前4時半、自社の流通センター(大阪府摂津市)に出勤するやいなや、約1200種にも及ぶ菓子が積まれた倉庫に直行する。
在庫を極力少なくし、高い回転率で菓子業界の注目を集めてきた「吉寿屋」会長としての日課だ。足元は運動靴。

出荷を待つ袋菓子や駄菓子などを見て回り
「これは売れんから在庫を減らせ」「入荷から時間がたっとる。売り切ってしまえ」と、続いて出勤してきた社員に指示を出す。
売れるか売れないかは、その菓子の≪箱の表情≫で分かる。パソコン画面に表示される在庫や売り上げデーターは一切見ない。
「鮮度のいい商品は輝いとる」と、売れ筋は自身の目で見極める。
自らモップを手に床を磨き、会長室に足を踏み入れるのは約
4時間後。ようやく正規の始業時間がやってくる。

創業以来の習慣を「早起き力」と呼ぶ。
資本も要らず、仕事に集中できる。
トップが早起きの会社に不況はない、というのが持論だ。

中学校卒業後、大阪の粟おこしメーカーに就職。23歳で旧天満市場(大阪市北区)に小さな菓子問屋を開いた。
資金もなく信用もなく、大手に対抗するには並のやり方では通用しない。

編み出した策は「早朝出勤」「休日返上」「どこよりも早い決済」だった。

他店よりも早い午前5時に店を開け、1日も休みなく働いた。
特売情報をガリ版で刷っては、小売業者の車のバンパーに挟んで回る日々。数年経って軌道に乗り始めた。

「人よりたくさん働く。とにかく続ける。それが力になる」

5日ごとの決済は今も変わらず、46年間、赤字を出したことは1度もない。
1986
年には小売りにも進出し、大阪市内に「お菓子のデパートよしや」を出店。
時代の流れを読み、翌年には全国初の菓子のフランチャイズ店制度を始めた。


「革命的」とされたのは、商品を棚に置くのをやめ、すべて低い台に平積みする陳列方法。
「チョコやビスケットなど、お菓子の≪顔」をいつも、誰にでも見えるように」との発想だ。
高さ
50センチは子供の目線を意識した。
子供用に小さな買い物カゴを置くと、目を輝かせて店内を見て回る親子連れが増えた。売上は
3割アップした。

店舗数は現在、関西を中心に118(直営36、フランチャイズ82)。卸も合わせた年商は123億円に上る。
大阪・心斎橋の商店街にある店には月に数回訪れ、「こっちのレジが空いてますよ」と、来店客に気さくに声をかける。
心がけているのはワクワクするような店づくりだ。

100円コーナー」などの均一の低価格商品を並べるアイデアもいち早く導入。値札を貼らずにすみ、経費削減にもつながる。
工夫は惜しまず、見返りは期待しない。

「エビでタイを釣るのではなく、タイでエビを釣る努力を続ければ
20年後にクジラが釣れる」その信念は揺るがない。

自分を育ててくれた菓子への愛着は人一倍。
袋が破れたり、中身が割れたりした商品はメーカーに返されるのが運命だが、
味に問題はないのに廃棄されるのは忍びないと、卸売りとして提唱したのが≪半額セール≫。


「返品ゼロ宣言」をし、小売店には差額を補填(ほてん)してまで拘(こだわ)る。
「せっかくお菓子に生まれてきたんやから、皆にたべてもらわな。ささやかな恩返しです」と、はにかんだ。

ユニークな報奨制度が紹介されています。

経営状況を常にオープンにと、月1回の役員会議には9人の役員に加えて、社員2名が順番に出席する。
「利益は出来る限り従業員に還元する」をモットーに、毎年ユニークな報奨制度やプレゼントを企画していることでも有名だ。

2008年には、年間優秀社員49人に最高100万円の「奥様賞与」(妻帯者)と「母親賞与」(独身者)を支給。
ジャンケンデ勝ち上がった社員2名に世界旅行をプレゼントしたほか、09年には、売上ナンバーワンの社員にベンツを営業車として支給している。

今年も、従業員の配偶者(1等10万円)や、子供(1等3万円)を対象に「社内宝くじ」を実施。
創業50周年を記念して、金の延べ棒1キロ(約400万円相当)と金の延べ板100グラムを、あみだくじで決まった各10人に贈るほか
入社年次順に50人を海外旅行に招待するという大盤振る舞いだ。


代表者の略歴です。
徳島県鳴門市生まれ。 菓子メーカーの営業を経て、1964年に大阪市内で「吉寿屋(よしや)」を創業。
2001年から代表取締役会長。従業員は約300人。 好きな言葉 「誰でもできる事を、誰にもできないくらい続ける」



私の感想を書きます。

最近私は、ある事をしみじみと感じています。
それは、圧倒的に大部分の人々は「○○してはいけません」「○○しなさい」と言われて育ってきたということです。
ですから比較的素直に(と云うか)なにも抵抗を感じることなく指示:命令に従うことができるのです。

ですから逆に、「他人(ひと)から言われなくても、自分から考えて行動する」と云うことができ難い人が増えてきました。

例えば、道にゴミが落ちているとします。
それを見た先生が生徒に「ゴミを捨ててはいけませんよ」と言います。 子供は素直に「分かりました」と言います。
それに続けて今度は「ゴミを拾いましょう」と言います。 子供は素直に「分かりました」と言ってゴミを拾います。
良い事だと思いますし、反対する必要はないでしょう。

ある日子供が、一人の人(男でも女でも、老人でも若い人でも構いません)がゴミを拾っているのを見たとします。
その時子供は、「あの人は先生に言われたからゴミを拾っている」と思うでしょうか?
自分の意思で行動している(良いと思う事を自分から進んでする)他人(ひと)を観た時に、
その子供が「凄い!」と感じて、「僕も(私も)何かの時には自分の意志で、≪良いと思われること≫を行動できる人間になろう」と感じて欲しいのです。


最近大津市の中学校で表面化したいじめ事件、こんなものは日常茶飯事、何処にでもあります。
たまたま表面化したから事件になったのであって、表面化しなかったら事件ではない(いじめはない)のです。

後になって教育委員会・市役所・学校・校長・PTA・もちろん教師がさんざん新聞紙上などで叩かれていますが、後になって云うのは誰でもできるんです。
「コロンブスの卵」で、最初に言い出すことの難しさをしみじみと感じます。
そして、我が身に降りかからなかったら「我関せず」・・・これが今の日本人ではないでしょうか。
「責任」を論じないで、「権利」ばかりを教えるからこういう世の中になったと私は考えています。

嗤ってしまったのは、校長が「加害者にも人権がある」と言った時です。
被害者よりも加害者を擁護する発言にびっくりしたんですが、後から分かりました。
加害者の親はPTA会長だったんですから・・・・PTA会長が怖いから遠慮して・配慮して・忖度して・慮って言えないんでしょうネ。
これが一般人(学校にとってなにも肩書のない人)だったら、もっと早い段階で本人(加害者とされる学生)を聴取していたでしょう。
おまえ(校長)は日教組やろ!!  冗談ですが、それくらい思ってしまいます。


これ等をどうやって改善していくか・・・教育しかないでしょう!
以前にも書きましたが、現在の日教組に侵された学校現場(公立学校だけです)に自浄能力はないでしょう。
私は、時間はかかりますが「それでも教育しか変えられない」と思っています。


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